強引小説「亀田兄弟と少年の初恋」… | ボクシング&ロック野郎 higege91の夜明けはまだか?

ボクシング&ロック野郎 higege91の夜明けはまだか?

人生の曲がり角に遭遇したボクシング&ロック・マニアhigege91。暇を見つけてはホール通い。ああ、俺は戦っているか!? ああ、俺は俺の求める『俺』に近づいているのか!?



…少年・higege91は悶えていた。


ずーっと気になっていたクラスメートのE子ちゃんは大の亀田ファンだったのだ…


しかし、higege91は亀田一家が苦手だった。強ければよい…という彼らの論理が虚構であることを父親に延々と諭され続けて来たからだ…


higege91の父は毎晩晩酌を欠かさず、匂いのきついイカの燻製なんかを唇の端で噛み切りながら、延々と息子に語り続けていたのだ…


higege91の父「…いいか、話題性を作るために丸太を切ったり、棒の先にグローブを括り付けて「世界のジャブ」と名づけたり、映画ロッキーからヒント得たとかいう鶏を捕まえるトレーニングや、ピンポン玉を至近距離からぶつけて動体視力を養う…ってのはまぁ面白いからいいだろう…だがな、世界チャンピオンを6回戦呼ばわりしたり、ゴキブリやらハナクソやら日本チャンピオンや世界チャンピオンをこき下ろしたり、勇敢な世界ランカーはおらんのか…なんて新聞を通じて叫んだ挙句、立候補者が現れたら知らん顔…、挙句の果てに世界タイトルマッチで一家丸ごと反則指示、『肘でもええから目ぇ入れろ!』、『タマ狙っとけ、タマ!』…わかるか?人間にはな、侵しちゃならない『尊厳』ってモンがあるんだ…」


higege91「…」


higege91の父「そんでな、ボクサーって言う裸で戦う、拳と拳だけで競い合うボクシングって言うスポーツはな、特にそいつが極めて神聖なんだよ、何ヶ月も身体を苛め抜いてな、削ぎ落としてな、貴重な青春を捧げてな、世界タイトルマッチにして僅か36分間の為に、その人生そのものを賭けるんだ…、だからな、絶対に何があってもそれだけはやっちゃいけないだ、相手を罵り、言葉で踏みにじったりするのもタイトルマッチを盛り上げるためには必要な場合もあるけどな、でもな、最終的には礼を逸することだけはあっちゃならないんだ… お前ももう6年生なんだからわかるだろ!? 絶対に踏みにじっちゃいけないんだぞ、人の心はとっても壊れやすいんだ、信頼っていうもんは一度失ったらそう簡単には取り戻すことは出来ないんだからなぁ…」


higege91「もういいよ、わかったよ」


higege91「日本人と戦わないで世界チャンピオンになっちゃた日本人は亀田興毅が史上初か…」


higege91はこの延々と続く酒臭い父親のボヤキが好きではなかったが、そんな父親が繰り返し再生している古いビデオテープの映像、その滲んだ画像の奥で繰り返される激闘が好きだった…


辰吉×リチャードソン、辰吉×シリモンコン、畑山×チェ、坂本×畑山…なんかがお気に入りで、鬼塚×タノムサク①を観る度に、亀田興毅×ファン・ランダエタ①を頭の中で比べてみて、鬼塚も興毅も負けていたのではないか…と胸のモヤモヤする気持ちの整理の仕方が分からなくて苦労するのだった…


で、父親のボヤキを延々と浴びせられてきた為に、higege91は悶えるのであった…


これが「初恋」ってヤツか…なんて考える度に耳の先まで赤くなることも度々であった。


クラスメートのE子ちゃんの下敷きには亀田3兄弟のブロマイドが敷き詰められていたし、一週間に一度、E子ちゃんは亀田Tシャツを着ていたのだが、その姿を見るたびに、亀田兄弟への不信感を植えつけられたhigege91は爪を噛んだり、膝を叩いたりして自分の心をごまかすのだった…


でも、なんで僕はE子ちゃんが好きになったのだろう…と、自問自答する。その度に思い出すある瞬間があった。そうだ、あれはクラス替えをしてから初めての国語のテスト中だった、消しゴムをうっかり床に落とした時、higege91の後ろの席に座っていたE子ちゃんは、それに気がつき、拾い上げるとこう言ったのだ…


E子ちゃん「…もう、しょうがないのね」


higege91はその瞬間のE子ちゃんの笑顔に、まるで、水のような形状をした心の中を、その手で直接かき回されたような感触を覚えたのだ…


higege91はその時、お礼の一言さえ言えずに、頬に真っ赤な血が集まってくるのが分かったから、その落とした消しゴムを乱暴に受け取ると、そっぽを向いてしまったのだ…


あまりにも心の奥底まで、その手が入ってきたからビックリしてしまったのだけれど、何度思い出しても悔やまれる瞬間だった。どうして、「ありがとう」の一言が言えなかったんだろう…



男友達には当たり前に言えるこの一言が、どうして言えなかったのだろう… 


それ以来、亀田ファンのE子ちゃんが気になって気になって仕方がなくなったのだ。そして、父親の亀田一家の傍若無人を嘆く酒臭い夜と、E子ちゃんのいる教室、その彼女の純粋な亀田兄弟への好意を垣間見るたびに心が引き裂けるような胸の痛みに歯軋りするのであった…


そんなある時、クラスのホークという仇名(南海ホークスの大ファンだった)の虐めっ子の目に留まったのが、E子ちゃんの下敷きだった…


そこには亀田兄弟の雑誌の切抜きやらブロマイドで敷き詰められていた…


ホーク「あーぁ、世界1位なのに試合が出来ないんだってな、亀田は… 試合の出来ないボクサーなんて、砂漠で喉が渇いてもどうしようもない億万長者みたいなものだよなぁ… なぁ、なんでお前は亀田兄弟が好きなんだよ、うちの母ちゃんが言ってたけど、あんな言葉遣いはダメだからって、テレビに映っていたらチャンネル変えちゃうんだぜ、なぁ、どこが好きなんだよ、言ってみろよ、なぁ…」


E子ちゃんは黙っていた…


ホークがそんなEちゃんの様子を見て、さらに勢いづいた。


ホーク「なんだよ、なんだよ、反則してさ、それで自動車事故したり、ジムを飛び出したはいいけど、世界1位なのに所属が無くて戦えないなんてさ、なんだかメチャクチャだよな、それでも応援するのかよ、なにをどう応援するんだよ…」


higege91はギリギリと自分の奥歯が音を立てるのを聞いた…


E子ちゃんは黙って目を赤く腫らせていた… 


そして、その瞳の端から、涙が流れ落ちたのをhigege91は見た…


ホーク「なんだよ、泣けばいいと思ってるんだから女は困るよな、なんだよ」


ホークがE子ちゃんに背を向けてその場を立ち去ろうとした瞬間、higege91はその背中から飛び掛った…


「謝れ、このアホンダラ!!!」


…が、それはhigege91の頭の中の妄想で、結局、教室から出て行ってしまったE子ちゃんの味方になることは出来なかった。


ホークに逆らうことはクラスの男子全員を敵に回すようなものだった…


その夜、higege91は机に向かうとわら半紙に延々と同じ言葉を書き続けた。


…イクジナシ、イクジナシ、イクジナシ、イクジナシ


何千個も、赤ペンでイクジナシと書いた。





そして、相変わらずイカの燻製を唇の端で噛み切りながら、古いボクシング映像を見ている父親の横に座り込むと、その映像を黙って眺めた…


それは2002年に畑山隆則の持つWBA世界ライト級タイトルに挑んでTKO負けをした坂本博之が再起し、その2年後に階級を上げて当時の東洋太平洋スーパーライト級チャンピオンの佐竹政一に挑んだ試合だった…


酒の匂いのする息を吐きながら、映像に合わせて身体を捻りながら画面を見ている父親の姿を視界の端に感じながら、higege91はその激闘を黙って見つめていた…


そして、判定決着か…と思われた最終12R2分47秒、平成のKOキングと呼ばれた坂本が倒された瞬間、ボロボロ…と涙が零れ落ちたのだ。


父親はそんなhigege91の様子を見て、一言だけ呟いた…


higege91の父「…強くなるってのは大変なことだなぁ」


沈黙の向こう、縁側の先でさえずる鈴虫の悲しげな声が響き続けた…


後から後から込み上げる涙にhigege91はヒックヒック…と肩を震わせながら、唇を開いた。


higege91「父ちゃん、亀田兄弟は本当に強いの!?」


higege91の父「…だしぬけに、なんだよ」


higege91「本当は強いの!?」


higege91の父「…そうだな、証明するしかないなぁ、WBAチャンピオンの坂田をフルラウンド捌きつづけることができるかな?それともWBCチャンピオンの内藤の変則強打を喰わずに左カウンターを打ち込めるかな…?ボクシングに100パーセントはないからな、這い上がるっていうならオレは見届けるよ、この二人のチャンピオンに勝てる可能性は少ないと思うけれど、必死になって戦うならば、ちゃんと見届けるよ…」


higege91「…父ちゃん」


higege91の父「なんだよ」


higege91「僕、強くなりたいよ」


higege91の父「オレだって強くなりたいよ」


二人はいつまでも黙ってテレビ画面を眺め続けていた…


<完>


子供たちにも人気があったであろう亀田兄弟の混迷は非常に嘆かわしいですな… 思わず、子供の気持ちになって、好きな女の子が亀田ファンだったらどうなっちゃうかな…なんて妄想しながら書いちゃいました。そうしたら妄想の謎の父親が現れて、こんなことになっちゃいました…


亀田兄弟とTBSが子供たちに与えた影響はかなり大きいだろうなぁ…と思います。また、マスコミ全般が話題性と瞬間的な視聴率を稼ぐために後先考えずに突入した無軌道も再考した方が良いでしょう…


殺風景に亀田一家の新聞記事に触れる気になれず、これはまた、捻りすぎましたでしょうか…?


御愛読感謝


つづく